ずいぶん前に取った写真。「駅員と私:リアル系」でも紹介している写真の別バージョンです。本文と写真は関係ありませぬ

タタン タタン・・・

平泳ぎして車掌にたどり着く・・・

そんなときがある

乗り込んだ電車が 5両目とか 6両目ならば・・・わたしは

やわらかに人並みをかきわけ

車掌に向かって

泳ぐ・・・

 ぷ、 は あ っ !

 ふいに 光 さしこむ

 ビルの隙間から太陽がのぞく

 ああ、いた・・・

 切絵のような車掌の鋭角的なシルエットが見えるよ・・・

 ああ、あなたを見ると、やっと 息が出来る・・・

 JR東日本の車掌ときたら・・・

 グレイの夏服に着替えたあとも

 なんと、ものすごい緊張感をたたえた、触れる、触れない、まぼろしの身体なのだろうか・・・・

 放送をしようとマイクを握ってくるりと回転する車掌

 ジャケットのすそがそれにあわせてふわりと

 浮く、

 ああ、そこに、肉体が、あるのか、ないのか、ぜいぜい、息を切らせて、目を閉じて・・・

 ・・・毎度 ご乗車ありがとうございます・・・・

 

  わたしの自慰には生身はいらぬ

  わたしの自慰には肉体はいらぬ

  たとえば 洋服のしわ とか

  たとえば 形容詞 とか

  そんなもので満たされる辞書を

  ひとつ ひとつ 引きながら

  ああ、単語でいっぱいの10両目

  わたしひとりが車掌を形容するのに必死な駅間

  到着までまだまだ間がある車内

  車掌の鋼鉄の腕にがんじがらめに抱かれて身動きが取れないことに気づく

  そうやって、車掌、わたしを、身動き取れない、ふうに、締め付けるのね、電車内では、わたし、神にこの身をあずけて、やっと、やっと、信じている、から・・・

  無力な乗客は車掌に向かって注がれる、無形、無知、無力、だから。

  あなたの存在に じぶんを溶かし込んで・・・

  いいの、それが、電車に乗るっていうことね、

  それは逆ではない

  車掌を抱きたいとかそんなわけじゃない、車掌の影に溶け込んで、なくなってしまいたいのです

  わたしなど・・・流れ流れて、流し流して

  かたちもなくなってしまって それでいいのです

  車掌のまえで液体になって飲まれてしまいたいのです

  

  

☆   ☆

 仕事が続く日々です、まあ、一日いちにちの仕事量はたいしたことないのですが・・・。

 携帯売り場に行って知ったこと、いまやほとんどの携帯で音楽は聴けるのですね~。知らなかった。わたしの携帯でmp3は聴けるのかなあ・・・ちょっと試してみたいものです。

 でもそうやって携帯でいろんなことをやり始めると、SだったりSAだったりPだったりSHだったりTだったりKだったり・・・メーカーにこだわるのもわかるような気がしました。

 ところで、わたしの携帯で使っているメモリースティック Pro Duoってもうすぐ廃れるのでしょうか・・・。ああ、またSONYに振り回されてしまうのでしょうか。

 わたしは廃れそうなものをよく買ってしまいますが、いま、自分の机のまわりを見渡して、もうすぐ廃れそうなものを挙げると、まずはMOに、Hi-MDに、ぶっといデジカメ(FujiFilm)に、CDウォークマン(これもSONYだ)カセットウォークマンも持っているし、HiじゃないMDポータブルも持っています・・・SCSIカードとかLANカードとか山のようにあるし、なによりフロッピーディスク!リビングにはレコードプレーヤーもあります。

 でも、それらのものも、その時々では大事なものだったので、技術の進化ってすごいなあと思いつつ、大事にしたいと思います。